青春詩集(第3章 情景)
        

     曼珠沙華

  朝、お前が可憐に見える時

  夕方、お前が不気味に見える時

  何故、お前は朝夕でそんなに態度を変えるのだい

  不気味に見えるお前は大嫌いだ

  だから、夕方の散歩は、お前にそっぽを向いて歩くのさ

  朝日を浴びたお前なら微笑みかけてやりたいほどだが

 

                 

             お前は、何故俺の邪魔をするのだい

             お前をこの鉛筆で潰してやろうか

             お前達の世界にも試験があるのか

             俺は、明日の試験勉強をしているのだ

             さあ、邪魔をせずに何処かへ行ってくれ

             そして、二度と人の前になんか出てくるな

             お前も生きんが為に努力するのだ

             自然を相手に!


          雑 草

  長閑な春の昼下がり
  空の何処かで雲雀がさえずり

  何も作物を植えていない畑には

  春の陽を浴びんと

  我も我もと言わんばかりに

  青い芽を吹き出した雑草達

  また、新しいランドセルの行列に会う季節となった

  彼らの希望に満ちた素直な瞳に

  何気なく微笑みかける

  「いつまでも、その眼差しを忘れぬように」と

  そして、「いつまでも、雑草のように強くあれ」と

 

                  夏の芸術

              アパートの窓から涼しい風が入ってきます

              ちょっとした高台の上に入道雲が

              「俺の季節だ」と言わんばかりに

              もくもくと上がっています

              あたかも水色の図画紙の上に
              入道雲の白と灰色の織りなす

              巨大な芸術のようです
              アパートの周りは、緑一色の田圃

              まだまだ弱々しい稲と稲の擦り合う音が

              より一層涼しさを増してくれる感じです

 

       

  二頭の獅子が駆けっこをしていました

  それは、空に焼き付けられた黒い影

  なかなか差の縮まらない彼等

  いつの間にか、二匹のネズミと一匹のワニに

   なっていました

  そんな涼しい、夏の夕暮れの空でした



                  巴 里

             私は巴里を見たことはありません

             しかし、部屋からの夕暮れの光景を見るたびに

             巴里への郷愁じみたものを感じるのです

             私は巴里を見たことは無いのです



     
  一人の青年が傘もささずに

  雨の中を歩いていました

  彼はずぶ濡れなのです

  他の人は皆傘をさして歩いていました

  しかし、不思議と気の毒には感じなかったのです

  それどころか

  その光景が、優雅にさえ思えてきたのです

 

                 虚しき里

             丘の緑、青い空、立ち並ぶ家々

             日本晴れの殿山の美しさを

             いつかキャンバスに描いて見せよう

 

             夕陽に照らし出されたその光景は

             巴里への郷愁じみたものに繋がる

             何故か分からない

             巴里など見たことも無いのに

             季節のせいだろうか

             それとも故郷へのノスタルジアなのだろうか

 

             小雨に煙る殿山もやはり巴里

             しかし、そんな殿山は嫌いです

             我の憂愁を誘い

             全てが絶望に追いやられる

 

             何故、殿山が巴里なのだ

             巴里って一体どんな街なのだ

             問いかけて見ても何も返って来ない

             ただ、虚しさだけが

             我が心を吹き抜けて行く

 

       

  お前の着ていた草木は取り去られ

  お前の上に通ずる道路が出来た

  こんもりと茂った草木に纏われたお前も
  今は、丸裸

  これから、冬を迎えると言うのに寒いだろうなァ

  お前をいつも窓から眺めているだけで

  お前の上に何があるのか知らない

  神社はあるのかい?

  学校は?

  八百屋は?

  駄菓子屋は?

  今度、暇になったとき

  ゆっくりお前の上を散歩させてもらうよ

  「今すぐ来い」だって?

  ダメだよ、今は忙しいんだ

 

                  

             五円で買った葱を手に持って

             派出所の横にある葱畑の前を

             赤面しながら通り過ぎた

             沈みかけた秋の夕陽に

             より一層赤みを増していただろうに