思い出
一週間の休みが、今、俺にあったのなら
学生時代過ごした生活を、ここに再現して見たい
三年前の生活は、俺の人生において、最も贅沢な
生活になるであろう。
当時は、全く好き勝手な生活だった。
布団の仲に入って、絵を描きたくなれば、ガバッと
飛び起き、キャンバスに向かって徹夜と言うことも
しばしばあった。
今夜は寝られそうもないからと、隣の奴がトランプを持って
遊びに来たこともあった。
午後四時頃目覚め、何飯だか分からない食事をとり
好きな学科の勉強をし始めた事も有った。
仮に今の俺に一週間の休みが有ったとしても、
トランプを持って現れてくれる奴がいない。
再現出来ない時代が思い出なのだろう。
愛 着
半跏思惟像は元気かい?
会いたくなったな
自分の気に入った作品には
やはり、愛着を感ずる
会ってガッカリするかも知れない
自分の手元から離れたときから
徐徐に美化されて
今では傑作中の傑作みたいな気がする
半跏思惟像は元気かい?
渚南町
今の生活に、巴里への郷愁じみたものは全く感じ取れない
大阪における、巴里へのそれは何であったろう
一人で生活していた寂しさだろうか
現在に比べて余りの暇が、そのように空想化してしまったのだろうか
それにしても何故、当時、巴里と言う街が頭に浮かんだのだろう
古都、京都の隣に位置する枚方に
何故、西洋の巴里が存在し得たのだろう
美学への執着だろうか、芸術への追究だろうか
未だもって俺自身解明出来ないでいる
いつかまた、あの街を訪れた時
巴里と言う言葉が
真っ先に頭に浮かぶであろう
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